Squillace/陶器の街スクイラーチェ

カラブリア州の陶器の街・スクイラーチェ(Squillace)。州の東側、カタンツアーロ県の海を臨む小さな村です。
陶器の街として古くから発展、日用品から貴族に献上される陶器まで、村中の工房が幅広く作っていたのは18世紀終わりごろまで。精緻な細工が施された作品は、ロンドンやナポリの博物館に展示されています。

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スクイラーチェはこんなところ

カラブリア州内の歴史ある街なので、海沿いからかなり内陸側に旧市街地があります。
最も高い場所にそびえるのが城址。内部は小さな資料館にもなっていて、有料で見学できます。

旧市街地内は一方通行。
どの道もとても狭く運転しにくいですが、小さいワゴン車程度なら十分通行可能です。
旧市街地内、特に城址とメインストリート沿いに陶器の工房や売店が集中しています。

陶器の街

かつてカラブリア州東海岸側きっての都市として栄えたスクイラーチェは、カラブリア~シチリアを度々襲った大地震と、その後の地震を嫌った職人たちが村を離れた過疎化によって陶器の街としての輝きを徐々に失います。

そして1908年に発生したメッシーナ海峡を中心とする大地震にトドメが刺される形で、工房がすべて閉鎖。そのまま2回の大戦を経て、陶器製造は忘れ去られてしまいました。

こんなことじゃいかーん‼と有志が立ち上がり、技術の復活・職人制度の制定を経て、認定技術者たちの地道な努力が実り、カラブリアで唯一の「陶器の街」として認定を受けたのはつい最近。
国家資格を持つ認定技術者たちにより、知名度も少しずつ上昇。カラブリアの陶器の街として少しずつ復興してきているところです。

スクイラーチェの技術の中には現代の法律では再現不可能なものもあって、現地の技術者たちが復興させているのは主に素焼きの製品。装飾品はこの色味で、日用品とする場合はガラスの釉をかけるのでつやが出ます。

教本的な技術書が失われていなかったのと、世界各地の美術館・博物館にスクイラーチェ産陶器が保管されていたことから技術の復興はさほど難しくなかったようです。
ただ一度失った知名度というか、「陶器の街」としての輝きを取り戻すのが結構大変みたいで、いろいろと苦戦中。

丘の上の城址

陶器の街のもう一つの見どころが城址です。
最初の最初にお城らしいものを作ったのが6世紀ごろ。大きくお城になったのは11世紀中ごろで、200年前ぐらいまで現役で使われていました。日本で平等院鳳凰堂が建立された少し前ぐらいに完成した、と思うと有難味が増すカンジですかね。


歴史ある城址なんですが、営業時間がちょっと不親切です。
そして営業時間もたいがい不親切ですが、それにもまして不定休が多すぎる印象。訪問の際には、必ず公式サイトから電話等で確認してください。

イオニア海を臨む丘の上にそびえる城址は、16世紀ごろまで増築が続けられたカラブリア州カタンツァーロ県の生きた遺跡。小さな資料館も併設し、それなりに見ごたえがあります。

丘の上の城跡といい、陶器の街として栄えた当時をしのばせる重厚なつくりの建物が非常に多いスクイラーチェ。

ラメッツィアテルメ空港から1時間ぐらいで到着できるので、私もご案内で良く訪問します。ばりっばりのカタンツァーロ訛りな村の人たちが何を言っているのかさーっぱりわかりませんが、とりあえずみんな親切。

陶器工房に寄って、制作過程などの見学をしていただくことも可能。
ゆっくり滞在できる方は、実際に陶器製作体験もしていただけます

スクイラーチェへの行き方

FDCのChiaravalle駅停留所からカタンツァーロ行きのバスが途中スクイラーチェで停車しますが、公共交通の利用はお勧めできません。
車を利用する場合は、ラメッツィアテルメ空港から40分ほど、カタンツァーロからは30分ほど。近郊の小さな村を巡りながらの訪問がおすすめです。旧市街地内の駐車場は少ないですが、城址周辺は比較的スペースにゆとりがあります。

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この記事を書いた人

澤井英里のアバター 澤井英里 Sawai Eri

イタリア半島の南端・カラブリア州在住。普段は専門職、趣味で現地コーディネーターやアテンド、通訳などをしています。一応ソムリエ。かに座のAB型。

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